実例コラム

〈コラム No.28〉苦しい“社会圧”をどう捉えるのが、あなたにとって最善なのか?

「会社のプレゼンで自分が思ったようなプレゼンをさせてもらえないことがわかりまして・・」

 

先日、仲間達と一杯やっていたときに、組織の部長を勤めるAさんがこぼした言葉です。なんでも、ハッキリと「私的なことを抑えて会社の要求することをやってください」と言われてしまったとのこと。

 

ここで会社に対する文句と、自分自身の実力をもっと証明したいというような要求が出てきてしまっており、正直葛藤がキツイ…というお話です。

 

この「社会から受ける圧力」は会社のみならず、組織あるあるの一つかもしれませんが「組織のみならず、人生には付いて回るもの」と言った方が正確かもしれません。

 

たまに「組織の人間関係が嫌だから独立した」という方もおられるのですが、「それでどうなっていますか?」と聞くと、表面上は「1人だとラクです」と言いつつ「取引先とうまくいかなくて」だとか

 

「不安定な環境に耐えられず結局、会社に戻りました」「我慢してれば良いだけだったからラクでした」なんてお返事が返ってくることもそう珍しいことではありません。

 

表面化したモノからあなたは何を感じ取るか?

 

思わず、そりゃそうでしょうと。社会からくる圧力というものは、何も特定の上司からの指示・会社の方針ということだけではないことを、真っ当に社会経験がある方ならば誰でも知っていることだからです。

 

特に、会社の人間関係が嫌だという方は、他の組織に行っても同じような人物を自ら引き寄せて、結局似たり寄ったりの環境を毎度作り出しますし、

 

ヘッドハントされる方も同じで、次の組織に行って、企業カラーが全く違うものであったとしても、気がつけばまた同じ問題が起こる、の繰り返しになっているケースが多いです。

 

なぜそうなってしまうのかと言えば、理由はシンプル。

 

「あなた自身の課題自体は変わっていない」からです。もう少し詳しくいうと「まだ未特定の潜在的・本質的な課題」です。

 

「いつもやりたいことをやらせてもらえない」
「いつも上司や部下と対立してしまう」
女性なら「男性に負けたくない」
「いつも火の粉をかぶるのは自分」
「いつも頑張りが正当に評価されない」

 

こういったことは他の場所なら解決されるだろうと勘違いをし始めるのです。よほど経験から学ぶことになれた人ならば、環境を変えても意味がないんだと気づき始める方もちらほらいらっしゃるのですが、

 

組織の中で上へ上へと向上心が高かった方、ご自分の能力に自信があり、どの組織でも自分は勝てると思っている方、独立しても立派に成果を上げられている方ほど、

 

繰り返しのご自分の「しくじりパターン」は「無かったこと」として処理してしまっているケースが非常に多いです。

 

これは

能力の高い賢い方
外資系
商社マン
売上のほとんどを作っている営業マンやマーケター
企業を引っ張っているのは実質この人という組織のリーダー
マンパワーで会社を運営されている力のある社長さん

ほど危険性があります。

 

「どこでもやっていける自負」があるからこそ、課題から「するりと逃げた気になれる」のがこの人たちであり、キャリアこそあなたの自尊心であり、優位性に他ならないからです。

 

実際、ビジネスに没頭するとやることは山積みなので都合がいいわけです。

 

「仕事があるから」と、どう扱ったら良いのかわからないご自分の悩みや、心の奥底にしまってある傷にはクサイ物に蓋をする。

 

それが繊細な案件であればあるほど、本来ならばあなたという「一個人」にとってとても大きなことなはずなのに、それを一時忘れることができるのです。

 

仕舞いには「あなたがいないと会社は回らないよ」

 

などと言われてしまい、余計に仕事に注力する自分を正当化することもできてしまいます。それに目に見える成果があるのですから、やはりビジネスをやっている方が気持ちがいいわけです。

 

元はと言えば、我々ビジネスに従事するものは「社会基準/組織の中で認められるようになる」という圧力から逃げることは「不可能」です。

 

組織を変えようが、独立をしようが、人間関係を一層しようが、自分探しの旅に出ようが、それは表面的なものであって、一時凌ぎにしかなっていない、ということを潜在的な部分ではわかっているのですが、

 

いざ圧力がかかりご自分のこととなると、そういった一時凌ぎの策しか思いつかなくなってしまう、という罠があります。

 

「逃げてもいい」とはよく言いますが、自分を守るため、意地を張らず「一時退散」しても良いんだよ、という意味であって

 

「課題そもそもから逃げられる」、「社会からかかってくる圧を完全に無くして生きられる」という「都合よく帳消しにできる話」ではないことを、真っ当な方ならばよく分かっているはずです。

 

ですが、そもそも論として「人間」という生の生き物は、時に動物的であったり、また時に神社仏閣に祀られるほど神聖視されたりと、実に多面的・多重的であることも事実です。

 

ですから、あなたの表層的な部分では「社会という枠の中で認められたい」「自分の力を見せつけたい」と強く思うこともまた然りですが、

 

一方で生身の人間としての部分では「社会構造とはまったく別物」というわけです。

 

相互解決の「仕組みづくり」というアイディア

 

そこにお気づきになられはじめると「社会の私」と「生身の人間としての私」というように、意識的にスイッチした生き方を考え出すこともあります。

 

ところが多くのビジネスパーソンが、まずこの「人間と社会はもっている構造がイコールではない」ということを、完全に忘却して突っ走ってしまうのです。世の中に自己を「認めさせたい」という想いには「多面的な人間」の他のすべての側面を忘れさせるまでの中毒性があるわけです。

 

一方で、この社会という圧力から完全に逃げおおせることを考え、まるで世捨て人のように振る舞い、山籠りなどを始めてしまうという方もたまにお見かけします。現代においてはあまりリアルな選択とは言えません。

 

何より、逃げた先にもそこには人間がいるわけで、いずれはまたその組織独自の「村社会的な圧力」に直面することは避けられません。

 

まったく別の世界が広がっていて、桃源郷のように快適に過ごせるようにはできていないことは、当然承知していらっしゃることでしょう。ですが「ドラマのように上手くはいかない」とアタマではわかっている人でさえ「あなた自身の課題」を突きつけられる場面では、平気で職場を変えたりと、一時撤退を何度も繰り返してしまうのです。

 

「山籠りと比べられても」とは言うものの、「いつもこのパターンだ…」と繰り返しやってしまっている、というご自覚だけははっきり持っていらっしゃる。

 

「結局また…」と、上手くやっていけないのではないか…という不安やもどかしさを持ちながら「また同じようなシーンに直面したらどうしよう」と、内心はビクビク。こんな構造から抜け出せていないわけです。

 

「社会の圧力」からは生きている限り逃げることは不可能であり、同時に世の中で「自分の実力を認めてもらいたい」という思いも消えることはないわけです。

 

ですからあくまでこの

 

「社会から受ける圧力」が一段と高いエグゼクティブは「社会的な課題解決」と「個人的な課題解決」という「相互解決の仕組みづくり」にこそ注力していくことが極めて重要となってきます。

 

あなたは一時撤退を正当化し、小さな山籠りを繰り返してしまってはいらっしゃらないでしょうか?それに伴う不安感を何度も繰り返してはいませんか?

-実例コラム

Copyright© 株式会社サイレントキングダム , 2024 All Rights Reserved.