コラム

〈コラム No.16〉いい流れを呼びこむ、社長のための“スピリチュアルテーマ”とは?

 

新妻「ご無沙汰ですねSさん、その後お元気でしたか」

S社長「やっと、いろんなことに整理がつきまして、感謝を言いたくて先生に」

先日、1年ぶりに久しぶりにお話しする機会のあったS社長とのやりとりです。

新妻「あれから何があったんですか」

S社長「チーム瞑想®︎を受けて、去年の頃からどんどん流れが変わりだして、いろんなことが腑に落ちまして。この思い、この方向、このやり方が凄くいいな、と見えてきました。全体として非常にいい流れになってきました」

新妻「それは何よりですよ」

S社長「あの数ヶ月の間、向き合ってきたのがすごく大きいな、と思っていました」

S社長「その後、イラっとすること、爆発しそうになることもありました…でもコンサル中にいただいた言葉で、わたしの”責任に対する考え方”を整理してくださったじゃないですか」

S社長「あれを思い出して『自分の中に何を作り出したのか』『なぜこう思ったのか』という内省状態にフッと立ち返って感じることができるようになった、これが良かったと思っています」

新妻「今でこそ申し上げられることですが、Sさんほど才能のある方が活躍しないでどうするんだ!というのはすごく思っていました」

S社長「ありがとうございます。。」

新妻「だからエントロピーを減少させる、つまり自分の人生の“乱雑化”している所を整えるだけで、このSさんという方は良いんだ、というのはわかっていましたよ」

S社長「でも私はその“整えるだけ”が大変でしたね(笑)」

S社長「でも、その中でも新妻先生から『それ、テーマですよ』『一個ずつクリアーにしていきましょうね』とずっと横にいてくれたのがすごくありがたかったです」


 

S社長と瞑想を通じて取り組んだことは、意識の中に一つの『バランスを生み出すシステム』を構築するというということでした。それだけです。

はじめてS社長とお会いした時、多くの経営者がそうであるように、S社長もまた、事業のアップダウンの中でさまざまな艱難辛苦をご経験されていました。ですがその中でも必死に、一歩ずつ前に進もうとされている姿が印象的でした。

瞑想の取り組みをはじめてすぐに表面化してきたのは、これまでの経験から意識内に染み付いたさまざまな癖、傾向、歪みです。これらが眠っている間、夢見の中で表面化してくるという現象。

ここで“夢の中で表面化”というと少し不思議な印象を持たれるかもしれませんが、瞑想によってある工夫をすると、夢見によって、人は今の現状における本質的なテーマ・課題をはっきりと自覚することができるようになるのです。

通常、現代人にとって”本人の本質的なテーマ”とは往々にして当人には自覚されないことが多いです。それは、現代人が社会環境によっていわゆる“駆り立てられるよう”にして重心が前のめりになって生活しているためです。

このような意識のあり方・状態だと、肉体的にも、精神的にも力が余分にかかってしまい、結果的に何もかもが”維持すること”で精一杯な方向へ向かいだします。

中庸(ちゅうよう)なあり方を確固たるものとする。

これが瞑想の大きなテーマです。このテーマを仮に【スピリチュアルテーマ】と呼ぶことにします。

それに対し、当人が人生の中でその日、その月、その年といった単位で取り組むべき社会人としてのテーマが存在しています。これちらを【社会内テーマ】とします。

この【社会内テーマ】は、本人にとってその前段階としての【スピリチュアルテーマ】である「中庸な状態づくり」があってこその話‥.ここが重要なポイントになっているのです。

当然の話ですが、世の中は常に変化しています。コロナウイルス、ウクライナ戦争など大小さまざまな状況の中で対応していく必要があります。この際に状況を見定める胆力はすべて、経営者の意識にかかっています。

孔子は「君子とはどんな人のことをいうのか」という問いに対し、端的に「ものすごく大変な状況で動じない人」と言いました。

経営者にとって”焦り”は最も警戒すべき相手。経営者の“意識”は肝心要の武器。だからこそ、経営者がおのれの意識を中庸にバランスさせ続けるための取り組みを続けること、これはリーダーとしての【スピリチュアル義務】になります。

誤解のないように申し上げれば、社会内テーマは二の次であるべきなのです。

S社長は責任感が強く、バリバリと仕事をこなして結果を出していくタイプ。はっきり言えば、実力者です。しかしその分、長年にわたり大きなプレッシャーを背負い続けており、腰痛をはじめとして心身はすでに悲鳴をあげていました。

そこで私がS社長に提案したことはシンプル。

「『仕事で成果を出さなければいけない』と責任を感じられるのではなく、その手前で、意識を常に整え続けることに徹してください。意識をクリアーにしつづけること、これがSさんにとっての1番の責任の所在です」

結果の有無に対しての責任。これは社会人として当たり前の概念。それに対し、経営者の責任はそのもう一つ奥にあるのです。意識の状態に細心の注意をはらって徹底的に自分自身を整える。

この視点に当初、S社長が難しさ感じられていたことは事実です。

「それは(意識・自分自身のことは)置いておいて、とりあえず仕事仕事、、」とどうしてもなってしまいました。

ですが、それでもなんとか頑張られた。踏ん張るべきポイント、果たすべき責任の基準点がS社長の中で大きく変わったのです。

「いろんなことが腑に落ちまして、全体として非常にいい流れになってきました」という言葉にそのすべてが含まれています。

今、あなたの意識はどこに注目しているでしょうか?外部にあるさまざま”仕事”でしょうか?

それとも自分自身の”意識”そのものでしょうか?

意識の置き所、責任の感じ所、その順序を取り違えると大変なことになります。

あなたが経営者として、真の意味においての責任と義務をまっとうし、貴社のビジネスが大きく繁盛されることを祈念しております。

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