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ビジネス組織の流動性、順応性を考える場合、ビジネスというカテゴリー付けによって既に最初から固定化が起きており、その囚われから自由にメンバーの意識が広がっていくことができるように全体性を再度設定することがリーダーの役割となる。
この時にリーダーの意識の器が地上性、社会性、経済性のみに囚われていると、当然他のメンバーの意識に対して、特定の方向付けを強要するシーンが多くなる。一人一人の意識を拘束することでグループ全体の安定を確保するやり方はこれまで数千年に渡って続いてきた。
しかし、今回のアカデミー賞を受賞した『ローマ』を見てもわかるように選択肢として映画館に行き、大勢で作品を見るという固定的な状況下よりも、Netflixの流動性を損なわずに、それぞれが好きなタイミングで鑑賞できる、というスタイルの方がエネルギーの流れという観点からより理に適った形なのだ。
よって今後のビジネス組織のリーダーは〈組織と社会との関係性〉において“流れ”という観点から、より俯瞰した視点でバランスさせることができる統合的な意識を有しておくことが必須になる。なぜなら“流れ”というのは何も日本や世界全体の経済という流れの規模に限定されているわけではなく、そのほかにも大小様々な規模の流れが複雑に相互作用しているためである。
大学やビジネススクール・MBA等は全て、“この社会”というオクターブの範囲内でのことを扱っているために当然、その範囲内のディティールにはものすごく詳しくなるわけだが、そのオクターブ内特有の言い回しというのは実際のところは英語のようにある程度使うことができるようになれば良いのである。
それよりも大切なことは、この人間社会全体がより大きなソサエティからより小さなソサエティまでの間の中間的なソサエティとして正しく同期し機能できるようにすることである。私たちの馴染んでいるこの人間社会が丸ごと、この上下のソサエティからの恩恵を受けていることを人々はあまりにも忘れやすい。
果たして上下ソサエティからの恩恵を常に知覚・認識し、日々の社会活動にまでその影響力が浸透したビジネス組織が行う事業とはどんなものになるだろうか?
もし、この話があまりにも混沌無形に感じられるのであれば、それは意識の大部分が既に人間社会化・ソーシャルプログラミングされいるといえる。個人意識・固体化・パッケージ化・商品化とはすべてが分離化・差別化・劣化の方向性であり、その加工行為そのものが、そのまま全体性や統合性を知覚させないような限定的編集を人の意識に行う媒体になっているのである。
よって、経営者やリーダーはその〈宇宙的な分離と統合のシステム〉を理解した上で、現在の社会構造を逆手に取るような発想をしてくことがポイントとなる。つまり商品・サービスを利用することで逆に全体性へ回帰できるようなモノを生み出すことができると、それがそのまま上下ソサエティからの流入を加速させる製品と成り得る、ということだ。
1990年代の後半からは入ったと言われているアクエリアスの時代はバケツから水が撒かれるようにあらゆる境界線が波・流れによって崩され、世界中のあちこちで情報の共有が加速化していく時代である。その象徴がインターネットであるが、これからさらにこの境界線を崩す流れは勢いを増していくことになる。そしてその境界線の崩壊は実際のところ、人間社会という枠の中のみで起こるのでなく、私たちのオクターブの上下の世界観もどんどん私たちの日常に流入してくることを意味している。
これからの新時代を生きる要のキーワードは“流動性”であり、変動の中でこだわることなく順応していくことで流れに乗ったビジネス組織は実時間を生きるのである。