トピック 星空キャンプ

【トピック】八ヶ岳、星空からのビジョン:有益なストレスと洞察

星空を”大深呼吸”する素晴らしさ

這いつくばるように上り終えた山頂、2646m、八ヶ岳の一峰、西天狗岳だ。

 

2023年の星空キャンプ地についに到着。時刻は11月5日午後3:33。

 

素晴らしい。ゾロ目での到着。

 

思えば、おとといから体調が崩れて、今回はいつも以上に”中止”の2文字が頭をよぎった。

 

そもそも年に一度、誕生日の前夜に星を眺めに山に行くことにしたのは2013年の11月から。

 

あっという間に10年経ってしまった。

 

最初は長野県の飯綱山であそこは1900mほど

 

山頂でテントを使わずに寝袋一つのビバークスタイルで一晩をあかす。

 

当初はとてもチャレンジだったが、その分得るものは大きかった。

 

それから妙高、瑞牆山、金峰山、恐山、飯盛山、海外ではヒマラヤやオーストラリアで星を見てきた。

 

そして今年は国内では最も高い標高での星空キャンプ。

 

だからなのだろう、顕在意識はビビっていた。相当に恐怖していた。

 

あれこれもっともらしい理由をつけて、自分にとって大切なこの”儀式”を取り止めさせようとしてきた。

 

でも、こうして2646mの山頂に1人立ってみると、嘘のように清々しい気分。

 

風は予想以上に穏やかで、夕陽が美しい。

 

これまでのどんな山よりも山頂は地面がフラットで快適じゃないか。

 

「さ、、最高だっ!!」と思わず独り言。

 

瞑想家として、経営者として、一個人として、

 

周りに人がいない環境に身を置いて、じっくりと自分自身の意識を再チューニングすることはこれ以上ないといって良いくらい重要なことだ。

 

年に一度の”大深呼吸”とでも言おうか。

 

とにかく、自分が自分のことを”まとも”なのか?と主観的かつ、客観的に判断できる、その基準をこのタイミングで打ち立てる。

 

有益なストレスを使って目を覚ませ

「社会生活に酔っている」その度合いと表現してみよう。

 

自分がシラフ、それとも泥酔しているのか、それを自分自身で客観視するのは非常に難しい。

 

アルコールの場合は、飲んでいない人が見ればわかるかもしれないが、

 

「社会酔い」している場合は、皆が皆、一定以上は同じように染まっているので、

 

お互いに酔っているにもかかわらず、「わたし達はまとも同士!」とお互いに肩を叩き合っている場合だって大いにありうる。

 

シラフであるために必要なことはなんだろう?

 

それは”ストレス”である。

 

もちろん、この場合のストレスとは、仕事や家庭において感じる類の社会的ストレスのことを指しているのではない。

 

本当に必要なストレスは肉体的に命の危険がすぐそこにある、という直接的なストレスだ。

 

 

一方で、社会的なストレスは多くの場合、金銭的、人間関係的なストレスであり、これは社会性の優劣を左右することで生まれるストレスだ。

 

社会由来のストレスと、本来の命の危険があるストレス、私たちには後者が圧倒的に不足している。

 

ある物語には”有ストレス欠乏症”という、発展しすぎた便利な社会の中でマヒしてしまっている人々の状況が描かれている。

 

私たちは人間は怖がりであり、寂しがり屋であり、そしてどうしようもなく”保険”をかけずにはいられないように生きてきた。

 

この状況を”酔っている”と言っているわけである。

 

そして自分もまたそのうちの1人であるからして、このあまりにもストレスを排除しようとする動きに、たまには一撃を与えてバランスを取りたい。これが狙いなのだ。

 

星は美しい。

 

 

 

あなたが”星空と同期を取る”ことで得られるもの

星々は人間の時間感覚からすればはるかに恒久的な尺度で存在している。

 

一方で太陽は昼夜という短期的なサイクルの象徴といえる。

 

確かにこの短期的なサイクルは社会の基準となっているので尊重しなければいけないが、

 

この短期的サイクルが積み重なっていくことで一体どんな方向へ向かっているのか、

 

日々の小さなサイクルが、大きなサイクルを少しずつ形成していく。

 

大きな方向性、根本的にどこに向かおうとしているのかを客観視するには、昼夜の影響圏の外に出なければいけない。

 

そしてこれは同時に、社会により保護されている領域外に出ることでもある。

 

そうしてソリッドにストレスを感じることこそ、チューニングになる。

 

煌めく星々の美しさと、雨風を凌ぐことができる屋根や壁のない不安と恐怖。

 

わずかな天候の変化にも意識は敏感に反応せざる終えない。

 

そして”一人”は夜がふけるたびに”独り”へと変化していく。

 

「ああー早く下山したい、星は綺麗だけど…」

 

毎年、必ずそう思う。

 

そして下山することで、この守られている社会や街ゆく人々に対しての感謝心や、自分の目的意識が再喚起される。

 

プロパガンダや、矛盾、詐欺の蔓延している世の中ではある。

 

一方で、星々や山には矛盾は感じにくい。純粋。

 

でも、私たちは完全に自然の中だけで生きていくことはできない。

 

でも寿司に入れる山葵のように、ほんの少しだけ、その風味があることで、社会的な日常生活は引き立つ。

 

星空キャンプは楽しい。

 

そして恐い。

 

そういうものなのだ。

 

下山後の硫黄温泉、安堵感と合わさり格別でした。

 

 

 

 

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