コラム

第8回 結果を出す「勢い」のあるチームとは?

 

ざっくりポイント
✔︎下克上を為すには「勢い」が最重要である。
✔︎結局、みんな「勢いのある」人・物・地域と関わっていたい。
✔︎最高の結果は「勢いに乗る」ことで勝手についてくる。

 

結果を出したチームのメンバーの一員であったことがある人なら自ずと体感として心当たりがあるかもしれませんが…

本当に結果が出る時というのはチーム全体のムード、風向きというものが「強力な磁場のうねり」のように発生し、その「勢い」がそのまま推進力となってチームを結果に結びつけます。

今回のコラムはこの「勢いの生み出し方」を掘り下げてみたいと思います。

新妻は学生時代、テニスの強豪校である福岡県の柳川高校テニス部に在籍していました。錦織圭選手が出てくるまでは日本テニス界を牽引していた伝統校です。

3年間、団体戦の全国大会が春と夏で合計5大会あるのですが、その内の3回は全国優勝、しかし2回は他校に敗れています。学生スポーツは世代交代が早いので、一年後には全く違うレギュラーメンバーになることもしばしばあります。

毎回異なるメンバーで結果を残さなければいけない、この難しさはビジネスでも全く同じです。

さて、この5回の全国大会の内で特に新妻の印象に残っているのは前評判では実力的に劣勢とされていた2003年の春の選抜大会でチームが優勝したときの記憶です。相手校は第1シード、我々の柳川は第2シードでした。5試合中3本をとったほうが勝ちの決勝戦は2−2となり、最後の1試合に勝負が掛かりました。

両選手の激しい打球音、ラリーの応酬、白熱する応援合戦…ガッツポーズ!!

今となってはスコアーは覚えていませんが、それでも強烈に印象として残っているのは試合が中盤から終盤に差し掛かるに連れてどんどん我々のチームの側に勢いが出てきたということです。「選手・監督・応援の三位一体」が肌感覚として感じられ、いつの間にか会場全体が柳川の押せ押せムード一色に染まり、我が校は勢いそのままに全国大会優勝の座をモノにしました。

監督・選手を胴上げ!優勝が決まり、一部員としてチームの優勝ムードに浸りながら新妻は「これが伝統の力なのか…??」と感じていました。明らかに「個々の実力の合算」というレベルでは無い、何かべつの高い力がチーム全体を強力に結束させているのを感じ取ったからです。

「この見えない力はなんなのだろう…?」と。今思えば、この体験が「集合意識の世界」を探求することになった原点の一つでした。

ただ学生であった当時、まだ波動や瞑想に対しての知覚力や概念が気薄だった自分には「何かべつの高い力」を感じ取ることはできてもそれを的確に表現したり、自分一人の力で確実に再現することはできませんでした。

しかしその後、舞台演劇や音楽のライブで起こるある種のグルーヴ感をはじめ、国内外の様々な瞑想、シャーマンのソサエティに参加し極めて独特な雰囲気を幾度となく体験してきました。

そしてこれらの不思議な意識状態に親しむ中で、徐々にわかってきたことはこの「特殊な意識状態」は一見、「特殊な」と表現したくなりますが、実際には非日常的でありながら、然るべきプロセスを押さえれば、ほぼ毎回再現可能な状態であることがわかったことです。

ただし、ここが大変重要なポイントなのですが、このような「個々を強力に結束させる強い力」は当事者には確実に存在していると感じられはするものの、それを数値化したり、科学的根拠を求めることは非常に難しいということです。たとえばサーブが何パーセントなのか?筋力がどれくらいあるのか?などのカテゴリーは、それらが向上していれば確かに「その部分に関しては良くなっている」という判断を与えることができますが、こうした部分的、数値的・言語的判断を突き詰め求めすぎると「感性」や「全体性」そして本当に望んでいる結果をつくり出す上でもっとも大切な「流動性」を見失いやすくなるからです。

この点において漫画「スラムダンク」のラストシーンでは十数ページにわたって、動きの描写のみで全くセリフの無くなるシーンが描かれています。これは言語を超えて個々人の意識が融合し、目に見えない感性のスピード力が試合全体を支配するようになる流動的なプロセスが上手く表現されている作品です。勢いが出てくると細かいことはどうでもよくなって、目的に向かってチームの意識が統一されて推進力が増すのです。

実際にはこのように、「言語・数値といった参照媒体」では表現しきれないより力強い影響力の複合的な作用で世界は構成されており、たとえば、愛も「愛」という文字以上のパワーを持っているからこそ、「愛している」と表現しないほうが結果的に愛が表現されてくる、というパラドックスが生じます。

よって、「言語や数字・科学」という目に見える「考える世界」のシステムはその扱い方、距離感がとても大切です。それらはあくまで本当の「勢いや愛」などの「感じられる世界」を引き出すため、降ろすための「呼水」もしくは「ジャンプ台」としてだけ用いるということです。

言葉や数値に頼りすると却ってパワーやスピード、キラメキを減少させてしまうということを自覚していればこそ、適切なタイミングでそれら目に見える世界を手放し、「より高次元の世界」に対して積極的にアクセスしていこうという動機が生ます。

この低次(言葉・物質等)から高次(エネルギー・感性)へ向かう順序がきちんと理解されていると、終始理論だけの平行線に陥ったり、形骸化したシステムをつくらなくなります。

イメージはスペースシャトルのようなもので、発射時は綿密は計算を行い、赤色の巨大な外部燃料タンク(言葉や数値)を使って一定の爆発力と加速をつけます。しかし、宇宙空間に着く頃には身軽になっていないと正しい軌道に乗ることができない、ということです。そして「軌道に乗る」とは紛れもなく、「勢いに乗る」ことであり、ある法則から別のより高い法則へシフトしているということです。

この場合、無重力空間が一般人には馴染みの薄い、というだけで特定の状況によって法則は現れたり、消えたりしますが無くなってしまうわけではありません。もしそれが奇跡のように感じられたのなら、それはその法則がその人にとっては馴染みのない法則の現れであったというだけです。「勢い」は乗るまでの準備は色々大変ですが、一度勢いに乗ったらあとはその勢いの働きに任せることでより加速がつきます。

以上のことから「勢い」はある特定の法則を利用することでつくり出すことが出来ます。より正確に表現するなら、「勢いが起きてくるまでの仕組み」を整えることであとは法則が勝手に周囲の人々を巻き込んでどんどん活性化してくれます。また逆にその高い法則の働きで勢いを維持し、もう低域に落ち込まないようにすることも可能です。

 自社が普段どの領域の法則に従って活動しているかは、単純にどれだけ勢い・活気・鮮度・高揚感・澄みわたり感などを当事者が「感じ取れるか?」でわかります。人間は本来、とてもポジティブな存在で教育や環境によって意識を汚染されてさえいなければ、どんどん想像力を高速化させて喜びと共に創造していくだけの力強さを持っています。

 ですから実際には、働く人々のポテンシャルを押さえつけている諸処の「鈍重な要因」を、手放し易いように明るい環境や仕組みを整えることだけが必要なのです。そしてほとばしる推進力、勢いこそが「結果」を最高の形として生みだす、具現化させるだけのエネルギーの質と量を備えています。

今期の貴社の事業展開がどんどん勢いに乗って、より高いステージに進めるよう強く応援しています!

-コラム

Copyright© 株式会社サイレントキングダム , 2020 All Rights Reserved.